a day

ハローでグッバイな

もうやめよう

ポスティングのバイトをやめた。
割りに楽しくやっていたのだ。すっかり地図も頭に入って、音楽を聴きながらでもすいすい配れるようになっていた。体力もついた。
なんでもやり続けてれば、進歩はあるもんなんだななんて、思っていたのだ。

ある日、道端で喋っていたおじさんに、「おい!ゴミを入れるな!」って怒鳴られた。「こんなのワシらはいらないんだから、しょっちゅう入れられたら迷惑なんだよ!」と。
確かにごもっともなので、その人の家を聞き、「わたし配っている者なので、上の者に伝えておきますので」と言い、その場はおさまった。
この件はそんなに響かなかった。これくらいのことはあるだろうと思っていたし、うまくやりすごせたぞとすら思っていた。
また別の日のこと。わたしが配ろうとポストに近づくと、待ち構えてたようにおばさんが(わたしもおばさんだが)出てきて「うちにはもう入れないでくれませんか」と丁寧に言われた。同じように「わかりました。上の者に伝えて入れないようにしますので」と言った。そしたら優しそうなその人はわたしを見て「ごめんね…」と言った。頑張って配っているのに、悪いね、っていうニュアンスだった。
それが、やけに凹んだ。そんなにも迷惑だったか…と。

それ以来、なんだか後ろめたくなって、うまく配れなくなった。
もちろん効果があるから人を雇ってまで広告を配っているんだろうし、稀に役に立つ人もいるだろう。だけど、だいたいの人にとっては迷惑なチラシだ。
…そんなこと、承知の上だと思っていたんだけどな。実感としてはあまりわかっていなかったんだな。

考えてしまった。
訪問販売のセールスマンとか、そのあたり、どうやって気持ちの折り合いをつけているんだろうか?
ピンポンしても、あからさまに迷惑がられることがほとんどだと思う。
学習関係の訪問販売をやっていて、すごく成績がよくて海外旅行をしたり、楽しそうだった友達のこととか、
先物取引の会社に就職しちゃって、苦悩してた先輩のこととか、思い出した。
ふたりとも、いつしか辞めて、転職していた。
事の大きさは違えど、必要とされてないことをする仕事って、迷惑がられる仕事って、ツラいんだなと思う。
世の多くの仕事が、人から必要とされる仕事だ。自分のモラルに反さない、そこ、大事なことなのかもなぁと思った。

わたしが配るのをやめたところで、また違う人が配るだけのこと、迷惑は減らない。何も変わらない。だけど、わたしがそれに加担することはないような気がする。
やめるときは電話一本でやめられる、気楽なもの。へへんだ。スッキリだ。
だけど、やっぱり、どんなに気楽なバイトでも辞める時は、負けた感じがする。